那須高原の自然の中を一人で車を走らせるのが好きだ。

さすがに今年の猛暑には驚いたけれど……。

今は秋。

高原は、日に日にその気配を濃くしていく。

人の姿が急速に消えて、平日のドライブはすれ違う車もなし、という感じだ。

夏の暑さは、秋の紅葉をひときわ美しいものにする。

「今年は、すごいと思うよ~」と誰かが言っていた。

だから、それを満喫してから、帰ろうかなあ、と思っている。

なんて言ったら、「えっ、帰ろうってどこへ?」と言われそう。

そう、じつは、私の気持ちの中で「帰ろう、帰ろう、帰りたい……」という呟

きが日に日に大きくなって、今や、頂点に達しつつあるのだ。

どうしちゃったんだろう、ワタシ……という感じ。

今は亡き父と二人で暮らしていたあの思い出の家、あそこに私は帰りたい……

と。この急に心に沸き起こってしまったホームシック状態に、

目下、一番、困惑しているのは、自分自身に違いない。

そう、思い起こせば、この私が、那須のサービス付き高齢者住宅なるところへ

引っ越してきて、すでに六年。

今になって、かくも切実な声を聴くことになるとは。

じつを言うと、放浪癖のある私は、かなり長いこと、同じところに暮らすとい

うことのできない人だった。

ほぼ一年から二年で、引っ越していた。

住むところも、仕事も、転々とし、定まることもなかった。

ところが三十八歳の時、母が倒れて車椅子になり、

私の放浪癖は突然、終止符を打った。

以後は、母の介護、さらに続いた父の介護で、家にピンで固定されちゃったみ

たいな状態になった。その状態から解放された時には、なんと、なんと六十歳

にもなっていたのだった。

それからは、ずっと一人暮らし。

その末に、不意に放浪癖が始まったかのように、那須に移住してきてしまった。

すでに「物書き」という、どこで暮らしていても困らない、奇跡のようなこと

が人生で起きていて、救われたということだ。

そうでなかったら、どうなっていたことやら……。

ともあれ、せっかく那須で見つけたお気に入りのちいさな木の家に落ち着いて

いたのに、ここが私の「終の住処」よね、と思っていたのに、

なんでこんなにも、切実に帰りたくなっちゃったのだろう、と思う。

周りからも、なにを考えているの? と言われる。

でも、「帰ろう、帰ろう、帰りたい……」

その呟きが止まらない。

たぶん、老父と二人で安心して暮らしていたあの穏やかな日々が忘れられなく

て、もう一度、どこかへと旅立つ勇気を得るには、あの地点に戻って、やり直

さねばならない、と。

最後の再出発。できるかどうかは、分からないけれど。