白い雪を冠り、なんだか初々しい山々を眺めながら思った。

ここに来て、5年も過ぎちゃったんだなあ、と。

思えば、私は、人からよく「どうして、ここへ?」と訊かれたりする。

けれど、本人の自分にもよく分からない……。

分からないまま、訊かれるたびに同じことを言ってきた。

それが、いつのまにか自分の気持ちの真実のように思えてきていたけれど、

この日の朝、庭に出て、いつものように遠くの美しい山々を眺めていたら、

不意に思った。「本当にそうだったのだろうか…」と。そう、

「取材に来て、ゲストルームに泊まった夜、窓から暗い外を眺めていたら、

風が哭くような音を立てて吹いていたんです。

それが子どもの頃にいつも聞いていた風の音で、懐かしさのあまり涙がこぼれたのです……。

で、衝動的にここに来て住もうと……」と。

確かにそれは、本当のことではある。

そうではあるけれど、「だから、ここに住もう…」とまで思ったのはどうなのかなあ、と。

ま、今さらそんなことを考えても始まらない。

けれど、東京から初めて取材に来て2か月後に引っ越してきちゃった人は、他にいないらしい。

確かに、それは衝動的な選択ではあった。

でもよくよく考えてみれば、私の人生の選択は常に「衝動的」の一言に尽きる。

なにかを思いたつと、躊躇がない。

躊躇がないばかりか、後悔もない。で、反省もない。

大学を中退したのも、家出したのも、元祖フリーターで仕事を転々としてきたのも、

ためらいもなくシングルマザーになっちゃったのも、親の介護に十年も献身したのも……。

次々と並べていけば、どうも世間的に言えば「負の選択」ばかりだ。

あえて向かい風に突進する人、と言われたりしたけれど、

そうやって、私は、なにに反逆し続けてきたんだろうなあ、と思う。

山を眺め、しみじみ人生を振り返ってみたら、さすがに笑えてきてしまった。

けれど、もうなんだか分からないものに反逆するエネルギーはない。

などと思いつつ、5年前にここに来た時の心境を綴ったエッセイなどを振り返って、読み返してみた。

驚いた。

どうも、私は、美しい自然の中で、愛するドングリの木のあるこじんまりした小さな木の家に一人で住んで、

好きな本を読んだり、散歩をしたり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、自分のことだけを考えて穏やかに暮らしたいと、そう願ってここに移り住んできたらしいのだ。

ところが、この5年はかなり怒涛の日々だった。

なんだか、いろんなことを頑張り過ぎて、へろへろになった、という感じ。

いったいどこでどう、方向を見誤ったのか。

「なに、やってたのよ、私」という心境だ。

というわけで、波乱の移住5年を終えて次なるステージは、

今度こそ「自然に包まれた小さな木の家で、穏やかな日々を送る」と決意した私なのである。