原っぱでの野外人形劇の公演日が刻々と迫っている。
部屋でぼんやりなどしてはいられない。
私は毎日、朝から原っぱに出掛けては、うろうろと歩きまわっている。
で、疲れたら客席のベンチに座って、つくりかけの舞台を漫然と眺めている。
本物の植物で作るその舞台は、同じ棟の入居仲間の梅ちゃんにアレンジを任せてある。
私が「わがサ高住のターシャ・チューダ」と呼ぶ彼女の庭は、とても美しい。
雑然としているようで、植物の高低や色の調和など計算され尽くされている。
私は、公演当日までにどんなふうに彼女が舞台を仕上げるのか、とワクワクしているだけ。
その日もよく見たら、上手に背の高い黄色い野の花が1本、さりげなく植えてあった。
「夜とか早朝とか人のいない時に、私、やっとくから、心配しないで!」と言う。
人が苦手の彼女なのだ。
そんなことを思っていると、小さな車が坂道を下ってきて、
今度は、原っぱプロジェクトの仲間の二人組が原っぱにやってきた。
車を降りるなり、仲間の一人のウツミさんが、いきなり言った。
「トイレ、なんとかしなくちゃあダメだからね、今から掃除するからっ」と。
そう、トイレだ。
原っぱには、水もない、電気もない、そしてトイレもない。
だから、なくていいよね、と私が言ったら、ウツミさんをはじめとするみんなが
「ダメ、ダメ、トイレがなくちゃあ、絶対ダメ」と言い張った。
それで、私としてはしぶしぶ、緑の三角屋根の小さな小屋を建ててもらい、
そこに「災害用トイレ練習室」という看板をぶら下げ、
使用説明付きの災害用トイレを常備した。
有料制で200円。それを経費や整備費にあてる、ということにしたのだった。
つくった当初は、ネーミングが面白い、さすが~、と言われて評判をとった。
「ぜひ、一度は練習をしておきたい」とみんなが言ったので、
なんて、いい思いつきなんでしょう、と自画自賛していたのに、結局は誰も利用しない。
それで、長いこと放置していたのだった。
けれど来たるべき公演の日、観客の中にたとえ一人でも「どうしよう…」という状態になった時のために、
ちゃんと準備しとかなきゃダメよ、とウツミさんは言うのだった。
彼女は、近所に住む元牛飼いの女房だった人で、すさまじい働き者なのだ。
私とは同じお年頃だというのに、そのエネルギーには太刀打ち不能。
彼女に言われるまま一緒にやり続けたら、あなたは倒れるからね、と忠告されている。
そんなわけで、どうしようか……ああしようか……と毎日うろうろしている私をよそに、
周りは着々とことを進めていくのだった。
一応、私は、原っぱプロジェクトの言い出しっぺで、原っぱを借りているオーナーで、
人形劇のプロデューサー兼演出家でもあるのだけれど、
練習中に「あっ、ちょっと待って、そこ違うし……」と言うと、
「なによ、途中で止めちゃダメでしょっ」と叱られてしまう。
子どもの頃からなぜか常に「叱られキャラ」なので、これはもうしかたがない。
あきらめて、周りの人たちを頼りにして、ことを進めるしかない。
結局は、すごく頑張っているつもりでいるだけで、まるで役立たずの私なのかも、
と思いつつ原っぱへ行っては、ガーデンハウスのクモの巣を払ったりしているだけの私だ。
うまくことが運べばいいのだけれど、こればっかりは、終わってみないと分からない。