東京の友人から、しばしば電話がかかってくる。

「元気にしてるの?」と聞かれ、

「まあまあよ」と答え、

「だったらよかったあ」と言われる。

いっこうにおさまらないコロナ禍の中で、シニアたちはみな、引きこもり状況

にあるらしい。それで、みんな、なんだか人恋しくなっている。

中には「コロナにかかっちゃったのよう、私」なんて、

こともなげに言ったりして。

こちらはびっくり。

「だ、だ、大丈夫なの!」と聞くと、

「うん、重症化はしていない。ワクチン打ってたから」なんてことも。

さすが首都圏住まいはクールに勇敢にコロナと向き合っているんだな、と思う。

地方は、まだまだコロナ馴れはしていない。

対策も厳しいままで、首都圏に行って帰ってきただけで1週間自室自粛。

おまけに住んでいるのが高齢者のコミュニティだから、

感染すれば、わがことだけでは済まない。周りには基礎疾患のある人も多いし。

それゆえ、私はどこへも行かず、人生で初めてくらいに大人しくしている。

そんな中、今度は、いきなりメールが来た。

Zoomを使って「リモート飲み会をしよう」とのお誘いが……。

それが、随分とご無沙汰している学生時代のサークルの仲間から。

そのサークルでは、夏休みに僻地の小学校に毎年泊まり込んで、

そこの子どもたちと交流する活動をしていた。

私が遠征で行ったのは、四国の高知の山また山の奥、五級僻地の小学校。

山のてっぺんにあったその小さな学校から眺めた満天の星の美しさが、

今もって忘れられない。

そう言えば、その時に出会った小学校の先生が毛沢東主義者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼から見れば、私たちは、都会から来たへなへなした嬢ちゃん坊ちゃんたち

この若者たちにきちっとしたことを厳しく教えて、帰さねばと情熱を持っていたはず。

で、夜になると、難しい話を延々と、切々と説いた。

そんな頃の仲間たちと久しぶりにリモートで飲み会をするのだから、

なにやらワクワクして当然のこと。

「やるよ、やるよ、ビール飲むよう~」と即座にメールを返した。

当日の夜、8時きっかり。

ホストの彼から招待メールが来て、パソコンの画面には次々と人の顔が映った。

実は、私は当時、学生運動に巻き込まれ、大学は中退し、想定外の人生が、

そこから始まったのだった。

それでもなにかと連絡し合ったり、会ったりしてきた仲間ではあったが、

一人だけ、誰だかまったく分からない女性がいた。

「誰? 誰? わかんないよう」と言ったら、彼女が言った。

「そうよねえ、あなたとは54年振りだもん」と。

おお、半世紀以上前!

その流れ去ったあまりの年月の長さに、茫然としてしまった私だった。