コロナ禍に、劇的な収束はない?

感染者は、増えたり、減ったりの波を続けながら、

ワクチンと治療薬の開発でフツウのインフルエンザになっていく、

それが、どうやら今後の道筋らしい。

と、いうことをテレビに登場した専門家が語るのを聞いて、がっくりきてしまった。

そうか、だらだら続いて、次第にフェイドアウトか………。

なんだか、今後の自分の人生について言われている気分だ。

ともかく、もうちょっと、すっきり潔くいかないものかしら? 

そもそも私が「原っぱ」プロジェクトなるものを立ち上げたのが去年の春。

今年の5月半ば、美しい新緑の季節に、昆虫たちが跋扈する人形劇を

「原っぱ」のクローバーの花の香の満ちるちっぽけな野外劇場で上演する予定だった。

さらに夏には、ビアガーデンを開き、毎夜、飲んだくれるはずだった。

秋には芋煮会やお月見………。

誰がお団子作るの? などと言い合ってはしゃいでいたのに。

が、すでに季節は秋。

今年は夏があったっけ? という事態で、

長雨の中で草ばかりがぐんぐん伸び、その中に黄花コスモスとススキの穂が秋の訪れを告げている。

それにしても、どうしてこういうことになったのか、

思えば、このウィルスが中国の武漢とやらで発生してから、まだ1年10カ月程度にすぎない。

2年にも満たないなんてねえ、まさか、という感じ。

振り返れば、ちら、ほらとコロナ感染が日本に発生し始めたのは、去年の年明けぐらい。

それがいちいち大騒ぎに報道されてはいたけれど、まだまだ遠い話だった。

2月に起きたのが、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号での大量の感染者の発生。

てんやわんやの劇的事件となった。

それで、感染対策には「三密」を避けよ、とか言われるようになり、息苦しくなり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナが通り過ぎていくまでは、風の吹き抜ける「原っぱ」で自由に遊んでいようと思ったのだった。

それからは、もうどんどん事態は進んでいき、

突然の小中学校の一斉休校とか、

今や役に立たないと言われている布製「アベノマスク」配布とか、

全国民に一律10万円給付の大盤振る舞いとか………。

今思えば、かなりの迷走ぶりだ。

でも、当時の安部総理大臣が、緊急事態宣言を解除にした折に、

「日本のコロナ対策は世界で称賛されている」とか自慢していたよなあとか、思い出す。

でも、数か月後に総理はやめちゃって、菅さんになって、

オリンピックもやっちゃって、パラリンピックもやって、

皆がほっとしたら、その菅さんもやめちゃって………といろいろあって、

気が付けば新型コロナは全国に蔓延。

で、この五波がおさまっても、数か月もしないうちに六派が来るよって言われて……。

忘れかけていたというよりあんまり目まぐるしい展開で遠い昔のことのように思えるので、

新型コロナウィルスの今に至る経緯を、せっせと事細かに思い出している私なのだ。

それもこれも「人が集まること」はしてはいけません、と言われて、

計画していた「原っぱ」活動がなにもやれそうになく、部屋にこもっているせい。

この間の「ニッポン新型コロナ感染狂騒曲」の詳細な記録をたどれば、

この国のありようが、よくよくみえてくるなあと、徒然なるままに思う私だ。