私の住む、サービス付き高齢者住宅と呼ばれるコミュニティーは、
栃木県の那須町にある。
川を挟んだすぐお隣が福島県の西郷村。
そんな栃木県の北の果ては、
3・11の大地震で被害に遭い、
さらに原発事故のとばっちりで放射線量も上がり、
おかげで地価は下がり、
次第に公共交通にも見放された過疎地となっていった。
そのような地に、わざわざ高齢になってから移り住もうなんて、
実はどうかしている人ばかりが集まって来た場所らしい。
それでも、
周りはこんもりとした美しい森と広々とした牧場と青々とした牧草地で、
空はどこまでも広く、雲はゆったりと流れていく。
自然に恵まれたそれはもう美しい場所ではあるのだけれど、
そして、高原には広大な別荘地がとんでもないほどあるのだけれど、
いずれもさびれ、このままどうなっちゃうの、という感じの地域である。
なにしろ、ログハウスふうの別荘が
300万円とか500万円とかで売りだされているのだ。
移住から二年たって、そろそろ地方暮らしに飽きて、
首都東京へと戻ってくるんじゃないの、と言われている私だけれど、
この度の突然の新型コロナウイルスの出現で、
今度は「首都東京」が逆に危険地域と化してしまった。
そして、目下その「首都東京」から安全な地を求めて
コロナ疎開なるものが生じ、
さびれつつある別荘地がなかなかの賑わいを見せている。
「ちょっと、大変だってよ、スーパーマーケットの駐車場の車が、
品川とかの東京ナンバーばっかりになったって」
「ええっ、こんな無防備な場所にコロナが持ち込まれたらどうするの!」
と、噂がしきりなのである。
かつては、福島ナンバーの車に礫が飛んだそうで、
福島の人が「世の中はこうして因果は巡っていくのよ」と、
しゃらっとした口調で言ったりしている。
そんな中、わがサ高住でもコロナの話題が欠かせない。
「栃木は今、感染者何人?」
「十数人、でも全部南だから、北のこっちはまだ大丈夫」
「そんなことないよ、感染者急増でついに黒磯まで来ちゃったってよ、
持ってきたのはやっぱ東京だって、外出自粛しなくちゃ」
とは言っても、コロナ禍はまだ遠い。
なにしろ、散歩をしていても人にも会わない場所だし。
そんな過疎なところでジタバタしてもしょうがないのだけれど、
一応、基礎疾患ありの高齢者たちが、軒を連ねて住むコミュニティー。
ひとたびコロナが侵入すれば、かならずやクラスターとやらを形成し、
重症者が出ることは間違いない。
ハウス長から発令のチラシが、今日も郵便受けに入っている。
視察、見学、宿泊、お断りはもちろんだけれど、
今度は「施設内でのイベント、集会自粛」。
ついに、今日は
「食堂では対面を避け、最大12人ずつ席を離して座ること」とのお達しが…。
私の向かいに住む入居者仲間は、首都圏に急用で戻って、
那須に帰ったらそのまま2週間の自粛中。
自分のハウスに引きこもったまま姿をみせない。
遠いコロナが、だんだんこちらへと向かってきているようで、
せっかくのうるわしい季節を楽しむ余裕もない日々である。