夕暮れになると、西の森が赤く燃えたつ。

そのオレンジがかった色を背に、

葉を落としきった木々が

それぞれの繊細な枝のシルエットを黒々と

際立たせて立ちつくす様子がなんとも美しい。

毎日眺めるこの夕暮れの一瞬の光景は、

見飽きることがない。

その冬の入り陽にむかって、

坂をゆるゆると下りていったところにあるのが、

われらが食堂棟だ。

大きなガラス戸を開けて中に入ると、

時々、テーブルの上に

一人用の小さな固形燃料の鉄鍋がずらりと

並んでいることがある。

そう、旅館などによく出るあの小さな鍋。

冬期は、月に何度かこの鍋を使った湯豆腐とか

すき焼きとか、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋などが

出るのだが、それを見たとたんに

「わおお、ビール飲まなくちゃあ」と、私は思う。

缶ビール、1本、200円。

食堂の冷蔵庫から勝手にビールを出し、

戸棚から勝手にグラスをとり、

小さなコンロが煮立ってぐつぐつと

音を立てるまでを、ビールを飲みつつ待つのだ。

これが至福の時。

そんなふうに誰かがビールを飲んでいたりすると、「あっ、私も」とか言い出す人がいて、

なんだか知らないが「乾杯!」と声をあげ、

意味もなくお互いが親近感を抱き、

「私たち、仲良しよねえ」みたいな気持ちになって

気分が高揚したりしてくる。

日頃は、共に「自己中心」を生き抜くシニア同士、

ムッとして「なによっ」などと思ったりしても、

ビールを飲んでほろ酔い気分になると、

なんの因果か、

晩年の人生で奇跡のように出会ってしまった私たち、

助け合って、支え合って生きるしかないじゃないの、

というおおらかな気分になる。

このサ高住では、

男も女も自炊派と食堂派に分けられる。

畑を借りて野菜づくりを楽しむ人たちは、

おおむね自炊派。

自給自足の道を歩んでいる模様だ。

そもそも、各部屋はシステムキッチン完備。

体調が悪い時とか、食事作りが大変になったら

食堂があるって便利よねえ、というのがほとんど。

そんな中、入居して以来、夕食を作らない、

私は少数派だ。

あんまり長く家族のご飯を作り続けてきたので、

再び作りたくなるまでは絶対作らない、

と決めて二年。

この私、いっこうに作りたくならない。

一日一回、朝ご飯だけは

「私が私だけのために作る朝ご飯!」と称して、

やたら熱意を込めているが、

それでもう十分に満足。

そもそも、食堂で夕食を終えて、

自分の家まで坂をゆるゆると上っていく帰り道、

これがまたいいのだ。欠かしたくない。

 

毎晩、「本日のお月さまはどんな?」と空を見上げ、

「明日あたりが満月ね」と言い合ってわくわくし、

手の届きそうな夜の空の星を眺めて、

胸をキュンとさせる。

時々、ほろ酔いのせいで

そばにいる人とハグし合ったりして。

そして、家に帰って、お風呂に入って、眠ろう、

そうすれば、また明日が来る、

そんなシンプルさが、心を軽くする。

年を重ねたら、自分で自分を支え、

小さな喜怒哀楽に身をゆだねて

自己完結して生きてさえいればいいわけで、

なんてお気楽になったのだろうと思う。

この「人生で一番いい時」を大事に生きよう、

なんて思うこの頃だ。