夏到来で、とんでもなく暑い日が続いている。
一歩外に出ると、頭がくらくらしてしまう日もある。
肌もじりじりと音を立てて焼けそう。
さすがの私も、そんな日は家から出ない。
買い物も日がすっかり暮れてからそっと家を抜け出し、ひそかに食料や水を調達してくる。
なんだか、暑い日は人に会うのもおっくうになる。
今日は、家にいてもいないことにしちゃおう、なんて気分になる。
息子が「夜はクーラーをつけて寝た方がいいらしいからね。
知らない間に熱中症で死んだりしちゃうからね」なんて言ってきた。
けれど、私の寝室にエアコンはない。
毎年、夏になるとこれはマズイと思うのだけれど、喉元過ぎればなんとやらで、
「暑くて眠れないのは、一年のうちの12分の1にすぎない」
なんて思って、スルーしてしまう。
しかたがないので、今はエアコンのあるリビングに布団を持ち込んで寝ている。
おかげで、仕事をするのも、テレビを見るのも、食事をするのも作るのも、
寝るのも、本を読むのも、なんでもかんでもリビング。
しかも、原稿を書くには、明るいと集中できないので、
日中もカーテンを閉めきって暮らしている。
そんなこんなで、この頃、急にひきこもり高齢者っぽくなってしまっている。
ひきこもりは問題だけれど、いったんこれを始めると、
それはそれで面倒もなくお気楽な日常になりそうな予感もする。
シニアに、夏は似合わないのだ。
そんなこんなの狭いリビングから、仕事先の知人に、
「暑いですが、大丈夫?」とお見舞いメールをしてみたら、
「地下鉄と職場のビルがつながっているし、日中は職場から外に出ないので、暑さがわかりません」
との返事が返ってきた。
そう言えば、都心の堅牢なビルの中には、生きていくためのすべての機能が備えられている。
ビル内には、コンビニもある。レストランもある。
植栽されたカプセルみたいな庭まであったりする。
そうそう、大手企業のビルには、いざという時のための発電装置もあり、
水や毛布、食料の備蓄などもちゃんとしているらしい。
私は、エアコンのある狭い家のリビングにひきこもっているけれど、
都心の巨大なビルの中で働く人たちも、実はビルの中にひきこもって働いていたりするのだ。
テレビなどで、「今日は暑いですねえ」などと、出演者が言うけれど、
実はそれを体験しているわけではない、単なる台詞に過ぎない。
「今日はじっとしているだけで汗が出ます」だなんて、そらぞらしいね。
なあんてことを思っていたら、にわかに、以前見た映画のことを思い出した。
人々が暮らす街すべてが巨大なカプセルでおおわれている。
そこでは、気温も風もほどよく調整され、空も海も雨もすべて機械でコントロールされているつくり物。
街を行く人々や隣人までもが、その役割をただお互いに演じているだけの人々というのだ。
地球環境が悪化して住めなくなったら、この街ごとカプセル化で、
「選ばれし人」だけが生き延びていく社会になるのだろうか。
暑さのせいで、なにやら妄想だけが膨らんでいきそうな夏であるけれど、
きっとこれもつかの間。じきに秋になっちゃうんだろうなあ……。