夕方、知人夫婦との約束があったので、仕事を切り上げて出掛ける準備をしていた時、

ふと時計をみたら、待ち合わせ15分前。

キャッ、と叫んでいきなり家を飛び出そうとしたけれど、

靴を履きかけて、かろうじてとどまった。

「お出かけ前には、ひと呼吸」

どこかでだれかの声がした。

と言っても、これ、幻聴ではない。

自分で自分に常に言い聞かせている「外出時チェック」を思い出したということ。

実は最近、出掛けた後に「あれ? お鍋のガス消したかな?」

「アイロンかけたけど、コンセント抜いたかなあ?」

の類の不安を抱くことが多くなった。

もともと粗忽な性格ゆえにあらゆる失敗をしているので、

数か月前から「外出時の指さし確認」というのを履行している。

急ぎ、エアコン、アイロン、ドライヤーのつけっ放しはないか、

キッチンのガスレンジの確認など3分ほどかけて

あらかじめ決めてある場所をチェックし、玄関の鍵も忘れずに閉めた。

ここまでは、冷静かつ意識的にやりぬいた。

その後は、走った。

時計を見る時間があったら、走る方が時間のロスにならない。

そんな思いで、走った、走った。

久田さん幅605

家を出るまでに5分はかかったから、残り10分。約束の場所は駅の改札口。

間に合うか間に合わないか、もうぎりぎり。

なにしろ、知人の夫さんが、スマホで

電車に乗る時間や乗り換え時間を調べて指定してきていた。

約束の時間は、乗車予定時間の5分前。全部決まっている。

一人が間に合わないと、集まる人がみな間に合わなくなる、そう思ったのだ。

それで走った、とは言っても、客観的には、少し走って、はあはあ、また走って、

はあはあ、という感じか。

その日は、武道館で「にっぽん演歌の夢祭り」2017、

というコンサートを数人で聴きに行くことになっていた。

知人から、友人のそのまた友人くらいの方からもらった招待券があるので、

と誘われ、武道館! 招待券! 生演歌!

しかも、由紀さおり、小林幸子、森進一……などなど

昭和を代表する演歌歌手たちがたくさん出るとも言われ、

これは、もう締め切りをふっ飛ばしても行く価値あり、と判断したのだった。

(それに、そのことを書けばいいんだし、と)

遅刻しても武道館に勝手に行ってもいいのだけれど、

縁もゆかりもない方から招待のチケットを頂くのに、遅刻はないだろう?

と私としては必死だったのだ。

通りかかった西部池袋線の駅前の広場に、時計があった。

見ると、約束時間の2分前。

地下鉄の改札口までは、3分はかかるので、かろうじて1分遅れ。

これって遅れたことにならない範囲かなあ、と思って、やっと安堵。

が、そのまま慣性の法則のように走り続けたら前方に、

当の約束のご夫婦がのんびりと歩いていた。

ここで、ますますほっとして、やっと気が付いた。

「お出かけ指差し確認」も大事だけれど、

かくも焦って、走ったりするのは、さらなる大災難を招く可能性が大きいな、と。

こうして、人知れずの勝手なドラマを勝手に展開し、

危機を乗り越えて聴いた武道館での生演歌初体験は、なかなかの感動ものだった。

しかも、武道館を埋めた1万5千人の高齢者群も

ニッポンの超高齢社会を実感させるにあまりある見事な光景だった。