No.36 エゴノキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月の中旬になると、松戸の雑木林の林縁は甘い香に包まれる。頭上を見上げると、白い花がたくさんぶら下がっている。エゴノキである。写真は、溜ノ上の森で撮影したもの。溜ノ上の森の北西側の林縁には、エゴノキが多い。
エゴノキの名前は、果実に由来する。果実は2cmくらいの楕円形で、口に入れるとえぐいことから、エゴノキの名前が付けられた。英名は“Japanese snowbell”といい、エゴノキよりはるかにオシャレな名前だ。
エゴノキの有毒成分はエゴサポニン。かつて果実をたたきつぶして水中に入れ、魚を獲るという漁法もあったとか。また、昔は若い果実を石鹸がわりに使っていたという。材は緻密で粘り強いことから、火であぶって曲げ、背負い籠や環かんじきに使っていた。いずれにしても、昔の人は自然の素材の特徴をよく活かして利用していたのである。近年は、庭木として植えられることもある。
エゴノキには、面白い昆虫が多い。たとえばエゴツルクビオトシブミ。エゴノキの葉をまるめて“ゆりかご”をつくる。詳細は、森の生きものNo.36をみてほしい。
撮影:山田純稔(2017年5月16日)

No.35 アケビ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関さんの庭には秋の里山の味覚がいっぱい。カキ、クリ、ミカン、ザクロ、さらにアケビもある。このアケビ、花は春に咲く。
アケビの花には、雄花と雌花がある。写真では、左下の大きな花が雌花で、花の中心にあるのはメシベだけ。その他の十数個ある少し小さめの花はすべて雄花で、オシベしかない。このように、雄花と雌花を別につけることにより、自家受粉を避けている。
もっとも、アケビの場合、同じ株の雄花の花粉が雌花に付いても、受粉は成立しないという。そこで、関さんのお庭のアケビ棚には、複数の株を植えて稔るようにしている。
撮影:山田純稔(2017年4月16日)

No.34 ウグイスカグラ

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関さんの森から北東500mの台地の縁に、関家所有の小さな森(0.47ha)がある。かつて西側には溜池があったことから、この森を「溜ノ上の森」と呼んでいる。溜ノ上の森は、2001年に松戸市の特別保全樹林地区に指定され、2005年からは『溜ノ上レディース』と称した女性たちのグループが、時には『ナイト』の手伝いを得ながら、維持管理作業をおこなっている。周囲をマンションや住宅に囲まれた森のため、地域の人たちとの共存をはかりながら生物多様性を維持するという難しい課題も抱えているが、女性ならではの知恵と気配りで活動を続けている。
さて、早春の溜ノ上の森に、ウグイスカグラ(鶯神楽)の花を見つけた。ウグイスカグラはスイカズラ科の落葉低木で、明るい林縁などに多い。ウグイスが「ホー・ホケキョ」と鳴きはじめる頃、声が聞こえた高さ1~2mくらいの明るい藪を探すと、このウグイスカグラが見つかるかも知れない。
撮影:山田純稔(2017年3月19日)

No.33 コハコベ

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今回は正真正銘の春の七草、ハコベである。人里や市街地に生えるハコベは、正確にはコハコベ、ミドリハコベ、ウシハコベの3種があるが、ハコベといえば一般的には写真のコハコベをさす。関さんの森に限らず、道端や畑などに普通に生えている。
3種の識別法は略すが、ハコベ類の特徴は、星のごとく放射状に広がる白い花弁。コハコベの学名はStellaria mediaであるが、属名の“Stellaria”はラテン語の“stella”、すなわち「星」を意味する。ちなみに英名は“Chickenweed”で、「ニワトリ草」とでも訳そうか、ハコベはニワトリに限らず、鳥がよく食べる。また、漢名つまり漢字で書くと「繁縷」。これをハコベと読める人は、漢字検定1級レベルである。ところで、ハコベの花弁は何枚だろうか?  観察会などで参加者に聞いてみると、すぐに「10枚!!」という答が返ってくるが、さにあらず。「違うよ、よーく見てごらん」と問い直すと、正解の5枚にたどりつく。ハコベの花弁は、切れ込みの深いハート型をしており、ぱっと見2枚がセットで1枚なのである。生きものを観察するときは、ぱっと見るだけでなく、ルーペは使わないまでも、じっくりと観察してほしい。
撮影:山田純稔(2017年2月4日)

No.32 ホトケノザ

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種子から発芽した後、一年以内に花が咲いて結実し、種子のみを残して枯死する植物を「一年生植物(一年草)」という。多くの植物は春に発芽して秋に枯死するが、一年以内であっても、秋に発芽して年を越し、晩春には枯死する植物もある。「越年草」と呼ばれる植物であるが、人間以外の生物には大晦日も元旦も無いわけで、「越年草」という名は人間中心の概念だなと思う。
さて、ホトケノザはシソ科の越年草で、基本的には春の花であるが、日当たりの良いところでは1月でも咲くし、秋に咲くこともある。ただし、春の七草の「ホトケノザ」は、キク科の「コオニタビラコ」という植物を指すので紛らわしい。
写真のホトケノザは3つの花が咲いており、少なくとも3つの蕾が見える。やがて蕾はふくらんで開花するわけだが、ホトケノザでは蕾が蕾のまま開花せずに終わることも多い。この時、蕾の中では自家受粉がおこなわれて種子ができる。つまり、花粉を運ぶ虫が来ても来なくても種子を作る。これがホトケノザの繁殖戦略である。
撮影:山田純稔(2017年1月14日)

No.31 ヤマノイモの「むかご」

植物850

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山芋とか自然薯(じねんじょ)と呼ばれるものは、ヤマノイモという植物の肥大化した地下部で、生でも食べられる数少ないデンプン性食品である。正確には“担根体”と呼ばれ、茎でも根でもない部分とされている。
一方、ヤマノイモの地上部には、“むかご”と呼ばれる塊ができる。ヤマノイモはつる性の多年生植物だが、下にぶら下がったつるの葉腋にむかごはできる。写真はすでに葉が落ちた後のむかごで、触るとポロリと落ち、翌春はここから芽が出てくる。
しかし、むかごは種子ではない。ヤマノイモは雌雄異株で、花が咲いた雌株には種子ができるのだが、種子とは別に子孫を残す手段として、このむかごを作るのである。むかごの方が栄養分が多く、早く成長できる。
ちなみに、むかごも食べられる。山芋と成分は同じで特有のねばりもある。こどもたちが関さんの森に来たときは、むかごを真っ二つに切り、切り口をすり合わせて粘らせ、顔に付ける。即席の“いぼ”が二つできる。
撮影:山田純稔(2016年12月4日)

No.30 ケンポナシ

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11月9日、木枯らし1号が吹いた。「そろそろかな…」と思い、数日後に関さんの森を訪れると、思ったとおりケンポナシの実が小枝ごと落ちていた。それにしても、不思議な形をしている。正確に言うと、実(果実)は先端の球形をした部分であり、ひと皮むくと中に種子が入っている。実の根元の小枝(果柄)が肥大化しているが、この部分は甘くて梨のような味がする。関さんによると、甘いおやつなど少なかった子どもの頃、晩秋になると子どもたちはケンポナシのまわりに集まって、みんなでこの実(果柄)を食べたという。
ケンポナシは“枳梖(きぐ)”と呼ばれ、生薬として利用されている。利尿と二日酔いに効くということであるが、ケンポナシ抽出物を添加したガムも発売されており、飲酒後の呼気アルコール濃度やアルコール臭を低下させたとの報告もある。
関さんの森のケンポナシは、かつては関家の門の前にあったが、2012年の道路建設に伴って16mほど離れた現在地に移植した。樹齢200年を越える老木であるため、移植によるダメージは大きく、花も実もかなり減っている。何とか元気をとりもどしてほしい。
撮影:山田純稔(2016年11月12日)

No.29 キンモクセイ

金木犀850

 

 

 

金木犀2-400

撮影(2点とも):山田純稔(2016年10月2日)

 

 

 

 

 

春を感じる花の香りはウメやジンチョウゲ。秋の香りということならば、キンモクセイであろう。関家の古い門の近くでは、9月下旬から10月上旬にかけて、キンモクセイの甘い香りにつつまれる。
キンモクセイの香りからトイレを連想する人もいる。かつて、キンモクセイの香りがトイレの消臭剤として利用されることが多かったからだ。しかし、くみ取り式トイレが姿を消し、今はキンモクセイほど強いかおりは必要なくなり、香りの多様化も進んでいった。近所のドラッグストアでトイレの消臭剤を探してみると、数十種類ある中で、キンモクセイの香りを使ったものはわずか1種類だけだった。時代とともに、香りのイメージも変わっていく。関家の古い門の近くのキンモクセイは、正確にはわからないが、100年以上の古木である。かつては小道をはさんだ左側にもキンモクセイが植えられていたから、ここはキンモクセイのトンネルとなっていた。しかし、新設道路の建設にあたり、左側のキンモクセイは移植となり、キンモクセイのトンネルは姿を消した。

 

No.28 ミズタマソウ

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屋敷林の北東側に「関さんの森湧水池」と呼ばれる小さな池がある。池の周囲の湿ったところに、白い小さな花が咲いていた。ミズタマソウというアカネ科の多年草である。
花の特徴は、花の基部にある丸い子房で、表面に白っぽい毛が密生している。花が終わると、花弁やガク片は脱落する。そして、この丸い子房が果実となるのだが、そのまま白っぽい毛が残り、連なっていることから「水玉」を連想させ、この名がつけられた。
この白っぽい毛は、オナモミの実のように先端が鉤状に曲がっている。そう、けものの体に付着して実(種子)を運んでもらおうという戦略だ。学名はCircaea mollis で、属名“Circaea”はギリシャ神話に登場する魅惑的な魔女。オデュッセウスの部下はキルケーの魔力により豚に変えられてしまうが、オデュッセウスはヘルメスから与えられた薬草で難を逃れたという。花言葉は「心の美しさ」となっているが、魔女キルケーとは無関係のようだ。
撮影:山田純稔(2016年9月10日)

No.27 クヌギ

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「クヌギの森」脇の道路に、クヌギの小枝が落ちていた。それも複数落ちており、必ずクヌギの若いドングリが付いている。風で折れた……にしては、何やら意図的だ。
これは、“チョッキリ”と呼ばれる昆虫(ゾウムシの仲間)がクヌギの若いドングリに産卵し、枝を切って落としたものである。残念ながら犯人の“チョッキリ”は見つからなかったが、この落ちたドングリの中にはチョッキリの卵が入っており、孵化した幼虫はドングリを食べて成長する。やがて幼虫はドングリに穴をあけて脱出し、土にもぐり蛹になる。翌年の初夏には成虫が出てくる。
ところで、クヌギは日本の「里山」を代表する落葉樹である。成長が早く、材は建築材として使用される他、薪や炭、シイタケ栽培の榾木としても利用される。落ち葉は腐葉土として、作物の肥料に利用され、里山に暮らす人々の生活を支えてきた。この「クヌギの森」のエリアは、そんな里山の復元を目指している。
撮影:山田純稔(2016年8月21日)

No.26  ヤブガラシ

ヤブガラシ850

ヤブガラシ(ブドウ科)はつる植物。葉が変形した巻きひげで、金網や他の植物にからみつく。繁殖力旺盛で、薮を覆って巻きついた植物から光を奪い枯らしてしまうことから、この名がついたという。庭や畑にはびこると、厄介な植物である。
ヤブガラシは夏に小さな花をたくさん咲かせる。花の役割は種子を作ることで、ヤブガラシの場合は花盤にしみ出た蜜で虫を呼び、花粉を運んでもらう。時には獰猛なスズメバチも蜜を吸いにくることから、このことからも嫌われている。
さて、写真ではハバチの仲間が吸蜜しているが、花の構造を確認してほしい。オレンジ色をした花盤の中央にメシベがあるが、オシベが見当たらない。花弁も無い。
ヤブガラシの場合、咲き始めは花弁(花被片)があり、オシベが花粉を放出している(雄性期)。その後、花弁とオシベは脱落し、メシベが伸びて受粉の準備が整う(雌性期)。写真の花はオシベは無いから雌性期というわけだ。
ヤブガラシは、オシベとメシベが成熟する時期をずらすことにより、自家受粉を避けている。
撮影:山田純稔(2016年7月10日)

ヤブガラシ2-400 撮影:山田純稔(2016年7月10日)

■右が雄性期の花。花盤はオレンジ色で、しみ出た蜜が輝いている。4本のオシベと、緑色をした花弁(本来は4枚だが1枚はすでに脱落しており3枚)が見える。左が雌性期の花。花盤はオレンジ色からピンク色に変化している。オシベと花弁は脱落し、メシベの柱頭が伸びている。

ヤブガラシ3-400 撮影:山田純稔(2016年7月29日)

■ヤブガラシの花は、オレンジ色(雄性期)とピンク色(雌性期)の花が混ざり、にぎやかだ。

 

No.25 ムラサキシキブの花

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秋の山野に紫色の小さな実をつけるムラサキシキブは落葉低木で、その花は6月頃に咲く。実の写真は秋までお待ちいただきたい。名前の由来は、もちろん平安時代の女流作家「紫式部」であるが、この名で呼ばれるようになったのは、江戸時代になってからのようだ。もともと「ムラサキシキミ」と呼ばれていたものが訛ったとか、植木屋が「紫式部」として売り出したと言われているが、本当のところはわからない。
花言葉は「聡明」「知性」「愛され上手」となっているが、これは明らかに作家の「紫式部」から連想したもの。「愛され上手」は、きっと光源氏をイメージしたものであろう。
なおムラサキシキブは従来、クマツヅラ科に分類されていたが、現在はシソ科になっている。かつての植物の分類は、花の形などの形態から類縁関係が推定されていたが、近年は葉緑体DNAの塩基配列をもとに系統的に分類されるようになっているからである。
撮影:山田純稔(2016年6月5日)

 No.24 ゲラニウム・カロリニアヌム(アメリカフウロ)

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平日は勤務している関係で、NHKの朝ドラ『とと姉ちゃん』を見ることは少ない。しかし、連休中ということでたまたま見ていたら、星野武蔵なる帝大生が新種の植物“ゲラニウム・カロリニアヌム”を発見したというような内容だった。結果的にそれは新発見ではなかったのだが、この“ゲラニウム・カロリニアヌム”(Geranium carolinianum)を日本で発見したのは、植物分類学の権威である牧野富太郎博士であり、牧野はこの北アメリカ原産の帰化植物に“アメリカフウロ”という和名をつけている。近縁種には、薬草として有名なゲンノショウコや、高山植物のハクサンフウロなどがある。ちなみに牧野は昭和14年まで東京帝国大学で講師を勤めている。
さて、昭和のはじめ頃は新種・珍種であったアメリカフウロも、今は全国に広がっている。関さんの森では、周辺の空き地や道端に生えているほか、屋敷内でも見つけることができる。うすいピンク色の花弁を5枚もつかわいい花であるが、花の径は1cmにも満たないため目立たない。花言葉も「誰か私に気づいて」となっている。
撮影:山田純稔(2016年5月8日)

No.23 思川桜(おもいがわざくら)

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関家の庭には、10種類ほどのサクラが植えられている。早咲きの河津桜は3月上旬から咲き始め、大島桜、紅枝垂桜と続き、樹齢100年を越える染井吉野、そして最後はこの思川桜が4月中旬に咲く。染井吉野だけなら開花期は約10日ほどだが、関家の庭では2ヶ月近くにわたってサクラが咲くから、蜜が好物のメジロやヒヨドリは大喜びのはずである。
さて、思川桜の花は、花弁が10枚前後の半八重。ちょっと小ぶりで色が濃く、特に咲き始めが美しい。栃木県は小山市の思川のほとりにある修道院の庭先に、春秋二度咲く「十月桜」由来の突然変異で、小山市の「市の花」に制定されている。
関家の思川は、関家屋敷の南西の角、新設道路際に植えられている。塀の外からでも、花を見ることができる。
撮影:山田純稔(2016年4月9日)

 

No.22 オオイヌノフグリ

オオイヌフグリ850

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早春の道端に、空色のじゅうたんを敷いたように咲くオオイヌノフグリ。日本の早春を彩る野草であるが、明治のはじめ頃にやってきた帰化植物である。原産地はヨーロッパで、今は世界中に広がっている。それにしても、“オオイヌノフグリ”とは可憐な花に似合わない名前である。なにしろ、漢字で書くと“大犬の陰嚢”。そう、“ふぐり”とは陰嚢(睾丸が入っている袋状の皮膚)のことで、果実の形が陰嚢に似ており、しかも毛まで生えていることから、この名が付けられている。生殖器を意味する言葉では気の毒だとか、教育上よろしくないとのことで、“星の瞳”などの名前に変えようという動きもあるが、名前はそのままである。
ちなみに花言葉は「忠実」「信頼」「清らか」となっている。学名はVeronica persicaであるが、“Veronica”はゴルゴダの刑場に向かうキリストにハンカチを差し出した聖女ヴェロニカが由来。花言葉は“ふぐり”ではなく、“聖女ヴェロニカ”の方から連想されたものであろう。

オオイヌ400
■“ふぐり”を連想させるオオイヌノフグリの果実。針状の突起はメシベの柱頭で、がく片を除去して撮影している。
撮影(2点とも):
山田純稔(2016年3月6日)

 

 

 

 

No.21 サンショウの冬芽と葉柄痕

幅850サンショウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関さん宅の住所は、松戸市幸谷字熊ノ脇。庭の片隅に熊野権現の祠があるため、“熊ノ脇”という字名が付けられている。熊野権現は“おくまん様”と呼ばれ、かつて地域の人たちは風邪をひくと全快を祈ってお参りし、治ると御礼参りをして築山の周囲にサンショウの木を植えたという。今はサクラが伸びすぎて日当たりがわるくなったためか、サンショウはほとんど見られない。育む会では、この伝承に基づき、サンショウを植えている。
さて、サンショウはミカン科の落葉低木。冬の間は葉を落とすが、葉が落ちたところには、養分などを通す管の痕が残る(葉柄痕)。また、葉柄痕の上には、春に備えて冬芽を準備する。さらに、サンショウには刺がある。これら葉柄痕と冬芽と刺をセットで見ると、手を広げた宇宙人のようでかわいい。
撮影:山田純稔(2016年2月21日)

No.20 ヘクソカズラの実

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枯れ草色に染まった真冬の草むらで、オレンジ色の小さな実を見つけた。ヘクソカズラという蔓性の草の実であった。小鳥にとって一口サイズのこの実は、鳥に実を食べさせ、消化されなかった種子を糞とともに運ばせるという戦略だ。それにしても、“ヘクソカズラ”とは気の毒な名前である。この植物をもんで臭いをかぐと、悪臭がするためだが、屁(へ)だけでなく糞(くそ)まで付けるとは。万葉の頃にはすでにこの名前で呼ばれていたという。ちなみに英名は“Skunk vine”である。“Skunk”はもちろん臭い動物の「スカンク」で、“vine”は「つる植物」あるいは「ブドウ」を意味する。
ここまでくると、花言葉も気になる。調べてみたら「人嫌い」であった。ヘクソカズラとしては、こんな名前を付けられ、人嫌いになるのは当然のことだし、人嫌いゆえに悪臭を放って人を寄せつけないようにしているのかも知れない。
別な花言葉では、「誤解を解きたい」とか「意外性のある」というものもある。悪臭がする反面、夏に咲く花はけっこう可愛い。“サオトメバナ”(早乙女花)という別名があるくらいだ。ヘクソカズラの花については、夏に紹介しよう。
撮影:山田純稔(2016年1月4日)

No.19 ヤツデ

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冬になると、急に花が少なくなる。低温のために花粉を運ぶ昆虫の活動がにぶることと、植物にとっても成長に適さない時期であるからだ。しかし、冬でも暖かい日はハチやハエが飛んでいる。そして、咲いている花の種類が少なければ、別の植物に花粉が届くというような無駄も減る。これをねらった植物がヤツデである。
ここで写真を見てほしい。ヤツデの花は、小さな花が球状に集まっているが、写真には2つの花の集まり(“花序”という)が写っている。両方の花序について、花弁・雄しべ・雌しべを確認してみよう。
まずは左の花序。いくつか蕾もみえるが、咲き始めの頃である。花弁や雄しべがみえる。しかし、めしべの存在がわかりにくい。この頃、雄しべは花粉を放出し、雌しべは花粉を受け取る準備ができていない。
一方、右の花序では中央に5本の白い短い毛がみえる。これが雌しべで、花粉を受け取る準備は整っている。雄しべと花弁は脱落している。
つまりヤツデの花は、咲き始めは雄性期、しばらくすると雌性期へと変化し、自家受粉(自分の花粉が自分の雌しべに付くこと)を避けているのである。
撮影:山田純稔(2015年12月6日)

ヤツデ400■ヤツデは手のような形をした大きな葉が特徴の常緑低木。“八つ手”という名がついているが、八つに裂けていることはほとんどなく、七つか九つが多い。
撮影:山田純稔(2015年12月25日)

No.18 カキノキ

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11月のある晴れた日、関家の庭の“孫四郎柿”が美味しそうに熟していた。おまけに葉も赤く紅葉し、彩りを添えていた。秋の農家には、柿の木がよく似合う。関家も、明治維新まで幸谷村の名主をつとめた農家であった。関さんによると、関家の庭には、禅寺丸柿、富有柿、次郎柿、孫四郎柿、富山柿、蜂屋柿、百目柿の7品種があるという。もちろん、その多くは甘柿だが、甘柿であっても未熟なうちは渋い。そもそも、カキノキという植物が大きな果実をつくる目的は、サルなどにカキの果肉を食べさせ、消化されなかった種子を運んでもらうためである。どうせなら、種子が未熟なうちは食べさせずに、種子が熟してから食べてもらいたい。そこで、未熟なうちは渋くしておき、種子が完全に熟すと甘くするのである。果皮の色も、未熟なうちは目立たぬ緑色だが、熟すと赤く目立つようにしている。
撮影:山田純稔(2015年11月1日)

No.17 ハキダメギク

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ハキダメギクは、決して掃き溜めに多いわけではない。畑や道端などに普通に生えている。大きな葉のわりには花が小さく、「ハキダメか…」と一瞥して通りすぎることが多いが、近づいてじっくり花を見てほしい。純白の花弁がチャームポイントだ。
それにしても、ハキダメギク(掃き溜め菊)とは気の毒な名前。「日本植物学の父」ともいわれる牧野富太郎博士が、世田谷の掃き溜めで発見し、ハキダメギクと名付けたという。熱帯アメリカ原産で、日本には大正時代に入ってきた。別な場所で牧野博士に見つかっていたら、きっと別の名前になっていたであろう。ちなみに英名は shaggy soldier(毛むくじゃらの兵士)。葉の縁に毛が多いことがハキダメギクの特徴でもある。
花言葉は「不屈の精神」となっている。毛むくじゃらの兵士は、踏まれても引っこ抜かれても、気の毒な名前で呼ばれても、世界中に分布を広げている。
撮影:山田純稔(2015年10月18日)

 

No.16 キツネノマゴ

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漢字で書くと「狐の孫」であるが、名前の由来には諸説ある。花をつける穂が孫キツネの尻尾に似ているからとか、花が孫キツネの顔に似ているから、など。しかし決定的なものはない。ちなみに、キツネノヒマゴ(狐の曾孫)という植物もあるが、キツネノマゴの種子を蒔くとキツネノヒマゴが生えてくるというわけではない。まして、キツネノヤシャマゴは存在しない。キツネノヒマゴは、南西諸島に分布するキツネノマゴの変種である。キツネノマゴは、関さんの森では、むつみ梅林や周辺の道端に生えている。花は立秋の頃から咲き始め、10月頃まで咲いている。薄い赤紫色の小さな花は、よく見ると可愛い。天気の良い日はヤマトシジミなどの蝶が吸蜜に訪れる。
撮影:山田純稔(2015年9月12日)

 No.15 エノキの実

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関家屋敷の南側には、「こどもの広場」と呼ばれたグランドがあった。広場の南側は土手になっており、エノキやクヌギなどの落葉樹が大きく育っていた。木々が青々と繁る夏の広場は涼しい木陰になり、落葉後の冬は暖かい光が差し込む。そこは、こどもたちやゲートボールに興じる年配の人たちに、やさしい広場であった。
残念なことに、新設道路工事によって広場は分断され、道路用地上の樹木は2011年に広場内に移植。広場は消滅して、そこは新たな二つの森としての歴史がはじまった。
ところで、移植した樹木の中に2本のエノキがあった。エノキの枝は比較的横に張り出し、夏のエノキの下は広い木陰となる。エノキを漢字で書くと「榎」となるが、木偏に旁が「夏」とは、うまく考えたものである。江戸時代、一里塚に植えられたというが、大きく育ったエノキは遠くからでも目立つし、夏の旅人に休憩のための日陰を提供したことであろう。
エノキの花は4月に咲き、小さく目立たない。8月も中旬頃になると赤っぽく色づきはじめ、完熟すると食べることができる。
撮影:山田純稔(2015年8月16日)

No.14 老木スモモ

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関家の庭に、スモモの老木が1本ある。横に伸びた枝の重さに耐えかね、少しずつ傾き、完全に倒れたのは2009年。てっきり寿命が尽きて枯れたものと思っていた。しかし翌2010年春、倒れたスモモの材を処理しようと、ノコギリを持って近づいてみると、一部の枝に新芽が残っている。そのまま切らずに残しておくと、3月には開花。7月には2個の実が熟したのであった。根本から倒れてはいるものの、枝の葉と根をつなぐ水や養分を運ぶパイプは、一部がまだ生きていたのである。この老木スモモは、その後も細々と毎年花を咲かせ続け、わずかな実もつけている。ところが、今年は何と20個もの実が完熟。老木スモモの健康状態を考えると、あるいは今年が最後かと心配になる。
撮影:山田純稔(2015年7月11日)

No.13 ハンゲショウ

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関家の南西(馬橋方面)200mの松戸市幸谷字観音下で、1997年に斜面林を伐って宅地開発が始まった。育む会がこのこと知ったのはすでに樹木が伐採された後で、今さら「木を伐るな」は現実的でない。そこで、開発区域内に作られ、市に移管される公園を「ビオトープ」として整備することを業者(ポラスグループ・中央住宅)に提案。これがきっかけとなって、1998年に「幸谷ビオトープ公園」がオープンした。ちなみに業者は全36戸に太陽光発電を標準装備するなど環境共生住宅として設計変更し、「ヴィラガルテン新松戸」として発売。1999年に「省エネ大賞」(通商産業大臣賞)を受賞している。 幸谷ビオトープ公園は、豊かな生物相を育み、地域のみんなで観察し、みんなで維持管理する公園を目指している。開園当初は周囲の環境共生住宅とともに、先進的な事例としてマスコミにも取り上げられたが、その理念どおりにはいかなかった。生物相については、水草を植えてニホンメダカを放流したが、後にアメリカザリガニが持ち込まれ、絶滅している。伸びすぎた樹木の枝を落とし、生き物のすみかにと積んでおくと、池に投げ込まれる。維持管理作業をする人の輪も、育む会から広がることはなかった。 ところで、幸谷ビオトープ公園の池に、2001年にハンゲショウ(ドクダミ科)を1株植えた。ハンゲショウの花の特徴は、花のすぐ下の葉が白く変化すること。ハンゲショウの名は、この葉の一部を残して白く変化することから「半化粧」とも、雑節のひとつである「半夏生」(7月2日頃)の頃に咲くからともいわれている。なかなか増えなかったが、池に繁茂したヒメガマを間引き、日当たりがよくなった影響か、今年はかなり増えている。今、花の見頃を迎えている。
撮影:山田純稔(2015年6月21日)

No.12 キリシマツツジ

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関家屋敷の正門の南、ブロック塀の内側に築山があり、熊野権現の小さな祠がある。この祠の背後に、樹齢200年を越えるキリシマツツジが2本植えられている。4月下旬から5月上旬にかけ、真紅の花をたくさん咲かせ、塀の外側からもよく見える。 一時期、関さんのお母様が生まれた1904年に植えたサクラ(ソメイヨシノ)が繁りすぎ、日当たりが悪くなってキリシマツツジの花の数が減った。しかし、昨年ソメイヨシノの枝を一部落として日当たりをよくした結果、今年はたくさんの花をつけている。 ところで、熊野権現は地元では“おくまん様”と呼ばれ、風邪の神様でもあったという。昔はブロック塀などなかったものだから、地元の人は風邪をひくとお参りにきて全快をお願いし、そしてその願いがかなったときは御礼参りにきてサンショウの木を築山の周囲に植えたという。しかし、今はサンショウの木は見られない。これもサクラが繁りすぎた結果であろう。樹木には伸び伸びと育ってほしいものだが、難しいものである。 なお、キリシマツツジは松戸市の保護樹木になっている。
撮影:山田純稔(2015年5月3日)

No.11 ジロボウエンゴサク

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“Spring ephemeral”と呼ばれる植物群がある。“ephemeral”は「短命」とか「はかない」と いう意味だから、直訳すると「春のはかない命」。早春に葉を広げて可憐な花を咲かせ、晩 春には地上から姿を消し、翌春までの一年の大半を地下で休眠する多年生植物のことで ある。 学術的には「春植物」と呼ばれるが、これでは趣がない。ナチュラリストは「春の妖精」と 呼んでとりこになる。そんな植物のひとつがジロボウエンゴサクで、4月上旬の屋敷林 (旧こどもの森)の低地、やや湿ったところに咲いている。 ところで、ジロボウエンゴサクの花の形は面白い。横向きに咲いた花はミッキーマウス顔 で、花の柄から後方に突起が延びる。この突起を「距」と呼び、ここに蜜がある。蜜を求 めてもぐりこむ虫は、入口で花粉をからだに付け、次の花に運んでいく。また、距にはも うひとつ目的がある。花を横向きに咲かせるためのバランスウェイトで、距が無かったら 花は下を向き、虫が入りにくくなってしまうだろう。 なお、ジロボウエンゴサク(次郎坊延胡索)はケシ科の植物で、全草に有毒成分を含む。 この仲間の塊茎を乾燥させたものが生薬の「延胡索」で、植物名の由来となっている。
撮影:山田純稔(2015年4月12日)

 No.10 カワヅザクラ

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季節が冬から春へと移り変わる頃、関さんの庭ではサクラが咲きはじめる。今年は2月25日にカワヅザクラ(河津桜)が開花。その後、ミザクラ(実桜=サクランボのサクラ)、オオシマザクラ(大島桜)、ベニシダレザクラ(紅枝垂れ桜)と続き、3月27日にはソメイヨシノ(染井吉野)が咲きはじめた。4月になるとオオヂョウチン(大提灯)、最後はオモイガワ(思川)で関さんの庭の桜は終わる。 ところで、公園や街路樹にはソメイヨシノが画一的に植えられることが多いが、ソメイヨシノはすべてクローンであるため、ほぼ一斉に咲きはじめ、約一週間で散ってしまう。これに対し、関さんの庭は2月下旬のカワヅサクラから4月中旬のオモイガワまで、2カ月にわたって10種類以上サクラが次々と咲いていく。サクラを通じて季節の変化をより繊細に感じ取ることができる関さんの庭は素晴らしい。 ちなみに、サクラが美しい花を咲かせる目的は、ヒトに観てもらうためではなく、花粉を運ぶ鳥や虫にその存在を知らせるため。ソメイヨシノだけの公園だと、たった一週間で採蜜期間は終わる。これに対し、2カ月にわたって甘い蜜をもらえる関さんの庭は、メジロやヒヨドリたちも大好きなはずである。
撮影:山田純稔(2015年3月8日)

No.9 ヤブツバキ

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冬の屋敷林は殺風景だが、ひときわ目立つ真っ赤な花を咲かせるのがヤブツバキ。野生のツバキである。赤い花を咲かせる目的は、ヒヨドリやメジロなどの鳥に花粉を運んでもらうため(鳥媒花)。森の中で赤い色はとても目立つが、赤いだけでは鳥は花には来ない。そこで、ツバキはご褒美の蜜を用意する。鳥は赤い花に蜜があることを学習し、赤いツバキの花にやってくる。蜜は花の奥、黄色い雄しべの根元にあるから、鳥が蜜を吸おうと嘴を突っ込むと、頭に花粉がくっつくという仕掛けである。 ちなみに、ツバキの花が冬に咲く理由は、虫に蜜を横取りさせないため。ツバキの花が匂わないのは、匂いに敏感な虫を呼ぶ必要はないから。また、ツバキの花弁が大きく頑丈な理由は、鳥に蜜を吸わせるときの足場を提供するため。ツバキの花弁の傷みは、メジロなどが蜜を吸い、花粉を運んだ傷跡である。
撮影:山田純稔(2015年2月15日)

No.8 オニグルミの葉痕

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冬は観察会のネタが少ない。ほとんどの昆虫は卵や蛹で越冬しており、成虫を見かけることはほとんどない。虫がいなければ、虫に花粉を運んでもらう植物は、花を咲かせるわけにはいかない。そんな冬の観察会に備えて、オニグルミを植樹した。会員が自宅の庭に埋めたオニグルミの種子が発芽し、1年で50cmほどに育った。これを1月18日の定例作業日に、5本ほど植樹した。 オニグルミを植えた目的は、冬芽や葉痕が冬の観察会のネタになるからである。特にオニグルミの場合、葉痕(葉が落ちた痕=養分や水を運ぶパイプの痕など)が、ヒツジの顔に見えてとても可愛い。 「ふゆめがっしょうだん」という本がある。24種類の冬芽の写真に、長新太さんの詩を添えた写真科学絵本(福音館書店,1990)。関さんの森では、オニグルミのほかに、ニワトコ、ムクロジ、アジサイなどの冬芽や葉痕が、冬の観察会のネタになる。
撮影:山田純稔(2015年1月18日)

No.7 スイセン

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12月になって、関さんのお庭ではスイセンが咲きはじめた。花が少ない冬、庭に彩りを与えてくれる貴重な花だ。例年だと12月中旬~下旬から咲きはじめるが、今年は12月1日から咲きはじめた。早すぎる開花が少し気になる。スイセンは品種改良が進み、たくさんの種類があるが、関さんのお庭に咲くのはニホンズイセン。ただし、ニホンズイセンは日本原産ではなく、地中海沿岸から中国を経由して渡来したといわれている。千葉県内では南房の江月(鋸南町)の群生地が有名だ。 スイセンの学名(属名)は“Narcissus”で、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来する。彼は、水鏡に写った自分に恋をする。当然、想いをとげることはできないからやつれ果て、ついには死んでスイセンの花に化したという。だから、スイセンの花言葉は「自惚れ」とか「自己愛」ということになる。 ところで、美しい花を咲かせる植物は、虫に花粉を運んでもらう虫媒花。虫を呼ぶために美しく着飾る。しかし、ニホンズイセンは3倍体なので種子はできない。つまり花を咲かせる本来の目的を失い、今や、人間に鑑賞されることが目的になっているのである。
撮影:山田純稔(2014年12月7日)

No.6 カラスウリ

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夏の夜に妖しく咲くカラスウリの花。夜に活動するガ(蛾)に花粉を運んでもらうために、夜に咲くのである。運良く花粉が運ばれると、晩秋になって実を結ぶ。枯れ草色の林の中、カラスウリの実は、朱色でよく目立つ。 実の中には、もちろん種子が入っている。種子の形は、カマキリの頭のような形をしている。種子の形を“打ち出の小槌”に見立て、財布に入れて大切にする人もいるという。 ところで、カラスウリは種子でも増えるが、芋(塊根)でも増える。春、芋から出た蔓は上へ上へと伸びていくが、秋になるとその先端が下へ下へと伸びていく。そして、先端が地面に到達すると、土の中にもぐり、そこに新たに新しい芋をつくる。 カラスウリの名の由来は諸説ある。漢字で「烏瓜」と書くと、カラスが好んで食べるとか、カラスの食べ残しが由来と考えてしまう。一方、「唐朱瓜」が由来との説もあり、そうなると鳥のカラスとは無縁である。ちなみに、スズメウリという名のウリ科植物もある。葉も実もカラスウリよりも小型だから、この名はカラス(烏)を意識してつけられたものに違いない。
撮影:山田純稔(2014年11月19日)

No.5 キツリフネ

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キツリフネ(黄釣船)は、関家の庭に咲く秋の花。自生ではなく植えた植物であるが、よほど居心地がいいのか、大繁殖している。キツリフネはホウセンカの仲間で、学名はImpatiens noli-tangere、属名(Impatiens)は「がまんできない」、種小名(noli-tangere)は「さわらないで」という意味。ホウセンカ同様、実が熟すとパチンとはじけてタネを飛ばすことから、こんな学名がつけられた。 ところで、キツリフネの不思議な形の花は、マルハナバチ類に花粉を運ばせるためである。花の奥の方が突起となり垂れているが、ここに蜜がある。マルハナバチは花の入口からもぐりこみ、長い口吻で蜜を吸うが、このとき背中に花粉が付着し、花粉を運ばせる。一方、クマバチは、体が大きすぎて入口からもぐりこめないし、長い口吻もない。そこで、蜜のありかに穴をあけて吸い取ってしまう。キツリフネにとってクマバチは、花粉を運ばない蜜泥棒である。 キツリフネが、マルハナバチだけに繁殖の助けを借りるのは危険である。自家受粉で種子を作るのが簡単だが、自家受粉をするつもりなら、わざわざ花を咲かせる必要もない。キツリフネの場合、“閉鎖花”といって、つぼみが開かずにそのまま実となり種子を作るという方法もおこなっている。

撮影:山田純稔(2014年10月11日)

No.4 ヒガンバナ

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「彼岸花」の名のごとく、秋のお彼岸の頃に咲く。「曼珠沙華」とも呼ばれるが、これはサンスクリット語の「manjusaka」に由来する。花は血を連想させる鮮紅色で、開花時に葉がない姿は異様だ。墓地に多く、死人花、幽霊花、地獄花などと呼ぶ地方もあり、忌み嫌われることが多い。ちなみに、葉は花が枯れた後に伸びて、翌春には枯れる。一般の植物が葉を広げる春~秋をあえて避け、冬の間に葉を広げて光合成をしているのである。 ヒガンバナは、本来日本に自生する植物ではなく、稲作とともに中国から渡ってきた植物と言われている。毒草ではあるが、地下の鱗茎にはデンプンも多く含まれており、水溶性の毒を十分に抜けば救飢作物として利用できる。また、毒草であるヒガンバナを墓地に飢えることで、土葬後に動物が掘り起こすことを防いだり、田畑の周囲に植えることにより、モグラやネズミの侵入を防ぐことが期待できるかもしれない。このように、ヒガンバナは、忌み嫌われる一面もありながら、人の生活と深くかかわっている植物なのだ常盤平の祖光院(松戸市金ケ作)の境内にヒガンバナの群生地がある。1993年より植え付けが始まり、今は10万本を超しているという。木漏れ日がさす林内の群生地を、「松戸の巾着田」と呼ぶ人もいる。

撮影:山田純稔(2014年9月14日)

No.3 ツユクサ

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少し湿り気味の道端に咲くツユクサ。青い花弁と黄色いオシベのコントラストが美しい。もし、ツユクサの花を見つけたら、花の構造をじっくり見てほしい。 まず花弁。ツユクサは2枚の青い花弁が目につくが、本当は3枚。下に白くて小さな膜状の花弁が1枚ある。 次にオシベ。黄色いオシベは6本あり、上方に“π(パイ)”の形をしたオシベが4本。ところが花粉は見当たらない。その少し下に「人」の形をしたオシベが1本。これには花粉が少量付いている。 オシベの目的は花粉を出すことだが、これらのオシベは、花を目立たせる飾りである。花粉を大量に出すオシベは下方の2本で、その間にメシベが伸びている。 ツユクサは虫媒花。青い花弁と黄色い飾りのオシベで虫を呼び、花粉を運んでもらう。 でも、虫が来ないこともある。花が閉じる際、下方に伸びた花粉を出す2本のオシベとメシベがくるくるっと巻き込まれる。このとき、メシベの柱頭に花粉が付き、受粉がおこなわれるのである。

撮影:山田純稔(2014年8月18日)

No.2 カラスウリの花

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秋の雑木林を歩くと、オレンジ色をしたカラスウリの実を見かけることがある。実ができたということは花が咲いた結果であるが、カラスウリの花を見たことのある人は少ないだろう。なぜなら、カラスウリの花は日没後に開き始め、日の出前に萎むからだ。 花は純白で、五裂した花弁の先端はレース状に10 cm近くも広がる。とても美しい花なのだが、夜の雑木林を注意深く見ながら歩く人はいない。ちなみに夜に咲く理由は、夜に活動するガ(蛾)に花粉を運んでもらうためである。 関さんの森では、毎年夏に「夕涼みの会」と称する会員限定の宴をおこなっている。カラスウリの花を愛でながらお酒を飲むという企画だ。ビール片手にカラスウリの花を観察していると、大きなスズメガがホバリングしながら蜜を吸うところに遭遇することもある。

撮影:山田 純稔(2013年8月18日)

No.1 ケンポナシの花

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関さんの森のむつみ梅林に、樹齢200年を超えるケンポナシの木が生えている。近くにある幸谷小学校の校章は、ケンポナシの葉を図案化したものだから、関さんの森のケンポナシは、いわば幸谷地区のシンボルツリーだ。落雷や大風のために幹は折れ、さらに2012年には道路建設に伴って移植され、ちょっと元気はないけれど、今年も花を咲かせてくれた。きっと晩秋には甘い実をいっぱい付けてくれるだろう。 ケンポナシの花は、どちらかというと地味な花。実をつけるためには受粉が必要だが、この花は花弁で着飾ることはしない。甘い蜜をいっぱい出して、花粉の運び屋・ハチを呼んでいる。天気が良ければ、ケンポナシの花からハチの翅音が聞こえてくる。 ケンポナシはクロウメモドキ科の落葉樹。名前に「ナシ」とあるけれど、梨(バラ科)とは縁遠い。実の味が梨に似ていることからの命名だが、梨というよりむしろ干しぶどうの味に近い。英名はJapanese raisin tree(日本干しぶどうの木)となっている。

撮影:山田 純稔(2014年6月26日)

5yamada■「森の植物」案内人… 山田純稔/1956年千葉県生まれ。千葉大学園芸学部卒業。 「関さんの森を育む会」「千駄堀を守る会」所属。小金高 校在職時、中庭にビオトープをつくるなど、都市に残され た自然を守り育む活動に力を入れている。現在、千葉県立 流山おおたかの森高等学校教諭(生物)。