その日の夕食は玄米ご飯とダルカレー

もう一杯、食うか?と訊かれて…

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子供のころは超偏食児童だったんです。

北陸で育ちましたが、肉も魚もとても美味しいところ。

なのに、どちらも食べられなかった。

肉は、お使いに行った肉屋さんで大きな肉の塊がぶら下がってるのを見て、

それがトラウマになって食べられなくなった。

なんとか食べさせようと、母がミンチでカレーを作ったことがあるんです。

でも、1粒ずつぜーんぶ取り出した(笑)。

魚は、泳いでる姿が頭に浮かんできて食べられなかった。

そういう気の弱い子供だったんです(笑)。

何でも食べるようになったのは、親の家を出てから。

人様に交わって必死に生きてるうち、だんだん食べられるようになってきた。

外国に行ったときお世話になって、

じゃあ今度は日本で私が…とお返しすることのできない関係、

一生飛行機に乗らないような人たちが

見返りを期待することなく与えてくれる親切って、

ほんとうに有り難いですよね。

その気持ちに応えなきゃって思うから、与えられたものは何でも食べる。

そうしてるうちに偏食がどんどん直って、

何でも食べられるようになったんです。

やっぱり、親は子供を家から出すものだと思いますね(笑)。

これまでいろんな場所で、いろんな食事をしてきましたが、

忘れられないのはネパールでの食卓です。

カトマンズにいた友達を訪ねて、私が初めて行った外国。

せっかくだからホームステイをしたいとリクエストして、

ヒマラヤの麓の街、ポカラの家族を紹介してもらったんです。

カトマンズから一人でバスに乗り、7時間かけて行きました。32歳のときです。

普通の家の普通の食事をとお願いして出てきたのが、玄米ご飯とダルカレー。

ダルというのはレンズ豆のことで、ほかに何も入ってない。

ネパールでは一番貧しい家庭料理です。

大きなお皿に玄米ご飯を平たく盛って、そこにダルカレーをたっぷりかける。

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それともう一品。あれはたぶん、水牛の背骨の髄。バナナみたいな形でね。

それをギー(牛やヤギの乳で作ったバター)で炒めて塩胡椒したもの。

食感が白子というか、フグの肝というか、これはすごく美味しかった。

ネパールの人は客を招いたとき、客が食べ終わるまで家族は食べないんです。

夫婦は部屋の中であれこれ世話をしてくれながら、

二人の子供はドアの向こうから、

私が食べるのをじーっと見てる。

そういう習慣だと聞いてはいましたが、そりゃあ、緊張しますよ(笑)。

で、食べ終わって「うまいか?」と訊かれたので、「うまい」って答えたんです。

ベーシックな味ですからね。実際、美味しかったの。

そしたら「もう一杯、食うか?」と訊かれた。

人には〝もてなし方〟と〝もてなされ方〟とがあって、

こんなときは美味しく食べることがもてなされる側の作法だと思い、

「イエス」と答えたんですね。

するとその大きなお皿に、ごはんとカレーが同じぐらい出てきた。すごい量。

私、それも完食したんです。

あんなに苦しかったことはなかった(笑)。

それほど豊かとは思えない家族が見知らぬ外国人を受け入れてくれて、

一生懸命もてなしてくれたこと、

きちんともてなされなければと思って完食したこと、

私にとって初めての外国だったこともあって、忘れられない食卓です。

外国に行くと、見たことのない食べ物と出合ったり、

意外な物が食材になったりしてますよね。

そういうのはだいたい口に入れてみる。

赤ん坊と同じ、探索行動。

発展途上国を旅してると一度は下痢をするけど、食べ続けて治す。

適応力が高いみたい。

「どこでも眠れる」「何でも食える」「うんこおしっこどこでもできる」

この3つを身につけて、体さえ壊さなければ、どこへ行っても生きていけます。

私はもともとどこでも眠れるので、あとの2つも訓練して身につけた。

戦前の日本の女の人は立ちションしてたと聞いて、

それも練習したらできるようになりました。学習と慣れです(笑)。

中国の奥地に行って、仕切りのないトイレで

女の子たちがキャーって言ってるのをみると、ケッ!とか思う(笑)。

そんなときはワーワー騒がない。現地の人はそこでやってるんだから。

レストランに行って「食べられないものはありますか?」って訊かれるけど、

「何でも食べます、人も食います」と。

どんどん悪食(あくじき)に近づいてます(笑)。

 

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(インタビュー:2015年5月12日)

うえのちづこ★プロフィール
1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。立命館大学特別招聘教授。1995年から2011年3月まで東京大学大学院人文社会系研究科教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護問題にも関わっている。1994年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞受賞。2012年度朝日賞受賞。『老いる準備』(学陽書房)、『家父長制と資本論』(岩波書店)、『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)など、著書多数。