那須に来て以来、いろんな人が次々と訪れてくるようになった。
いきなり知らない人までが来てしまう!
最初に登場したのは、
ハウス(住人からそう呼ばれている)に来たばかりで一カ月も立たない頃、
ゆるやかな坂道を下って食堂棟の方へとたらたら向かっていた昼下がりのこと。
いきなり知らない女性に声を掛けられた。
「あらあ、ヒサダさんですよねえ」
聞けば、エッセイに「お隣の牧場のカフェのヨーグルトシェイクに
イチゴソースをトッピングしたのがすごく美味しい」
と書いたのがきっかけ。
2時間以上もたらたらと電車に乗って、
彼女はそのヨーグルトシェイクを食べにやって来たというのだ。
「ほんと、美味しかったですう、嘘じゃなかったです」
びっくりした。
「たらたら坂を下ってきたら、たらたら電車に乗ってきた人に会いました」
なんてマザーグースの一節みたいなフレーズが
不意に頭に浮かんできてしまったほどだ。
ともかく、「本人に会えて嬉しい」と言ってくれるもので、
「イエ~イッ」とハイタッチして別れた。
最近は、いくつかのキーワードを入れて、ネットで検索すると、
「もしかしてここじゃないの?」というところが出てきて見当がつくらしいのだ。
それから先日は、廃校小学校にできた自然食市場に、
群馬方面からふらっとやってきた方がいた。
「ヒサダさんという人が人形劇を始めたのここですか?」と尋ねてきたそうだ。
私は、東京に出稼ぎ(最近、そういうようになった)に行っていたら、
携帯が鳴り、「すごい切り絵の上手な人がね、また週末に来るって」と告げられた。
そして、本当にまた彼女がやって来た。
食堂で一緒にビールを飲んで、みんなの前で歌いながら紙切りパフォーマンスをやって、
ゲストルームに泊まって「また来るね」と言って帰っていった。
彼女のキツネのお面の切り絵が素晴らしく、食堂のシェフのシノザキさんが、
「このお面を包み紙にして、お弁当作って市場で売ろうかな」なんて言って喜んでいた。
そう、栃木は「九尾の狐」の伝説が観光の目玉なのだ。
それにしても、なんてお気軽に遠くから、と思う。
シニア世代の女性は、なかなかに自由でお暇なのね、と思った。
さらに、先日。
今度は、人形劇の教室で久々にお掃除をしていたら、部屋をのぞいた男性が、
私を見て、いきなり「おお、いた~」と声を上げた。
「今朝の4時過ぎにさ、車の中でさ、ラジオの深夜便を聞いたんだよ、
那須に移住して廃校小学校で人形劇やってるって、その本人なの?」
聞けば、その彼ときたら、目下、キャンピングカーで、
日本列島を北へ北へと旅をしている途中なのだとか。
確かに私はラジオに出た。
でも、それは3週間前に東京に行って昼間に収録を
したので、私としてはすっかり忘れて放送の朝はぐっすり眠っていたのだった。
キャンピングカーの彼は、関西方面の元公務員。無事定年退職を果たし、
一人気ままなキャンピングカーの旅を始めているそうだ。
フットワークがいいのは、シニアウーマンばかりではない、シニアマンの方も。
なんて自由。みんな想定外の日々を生きているんだなあ、と思った。