今年は、老年期に向けて新しい人生のスタイルを模索しようと思っていた。

いわば、この一年はゆっくり考えながらの助走期間、そのつもりだった。

ところが、急転直下。

助走抜きで、いきなり飛び立つことになった。

今月中に、私は栃木県の那須に移住をすることにしたのだ。

行先は、サービス付き高齢者住宅(業界ではサ高住と呼ばれている)

「ゆいま~る那須」という森の中にあるコミュニティ。

かなり以前から知っていた場所なのだけれど、昨年、泊りがけで取材に出掛けて、

「あっ、私、ここ好き」と、急速に心が惹かれてしまったのだ。

なにに惹かれたかと言うと、平屋のコッテージふうの木の家。

お隣の牧場から吹いてくる風のはらむ甘い香り。

手が届きそうなほど近くに見える星の瞬く空。

予約すればいつでも美味しいご飯が食べられる食堂。

ま、そういうものです。

泊まったゲストルームの窓から冬の木立や遠くの山をひとりで眺めていたら、

幼い頃、自分が育った北海道の地にいるような心持ちになって、

不意にこみ上げてくるものがあったのだ。

そもそも、昔から、私は「森の中の小さな木の家に住む」という夢を抱いていた。

それなりに計画を立てていたのだけれど、

どうも果たせそうにないとあきらめていた。

シングルマザーで、フリーのノンフィクションの物書きだし……。

なにが言いたいかと言うと、年金もろくろくない。

だからずっと働き続けねばならないわけで、地方に行ってどうするの? と言うことだ。

でも、よく考えれば、仕事はほとんどパソコンでやっているわけで、

都会の便利なんかまるで享受していない。

一日中、カーテンも開けずに家にこもっているだけじゃないの、と思い返した。

那須に住んだら、毎日、一人でお散歩に出掛けて、森林浴したり、

川のせせらぎに耳を傾けたり、牧場の山羊のプリンスに挨拶したりもできるじゃないの。

そう思ったら、冬から春へと木の芽が吹き出し、さらに新緑から夏へ、

その季節の変化を一日も早くみたい、と思い始めてしまった。

「私、那須に行く」

それがいきなりだったもので、いささか周りに動揺がおき、

「なに考えているの」と、息子の目が吊り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど、ものごとというものは、いったん動き出してしまうと簡単には止まらない。

これは運命なのかもしれないとか、人生最後のチャンスかもしれないとか、

ともかく心の動くままに、身体も動かしていたら、

予定がどんどん前倒しになってしまった。

春の引っ越しはとんでもなく高額になるので、

今のうちがいいよと引っ越し屋さんからアドバイスされ、

とりあえず荷物を運ぶことになった。

もともと、私は人生に行き詰まったら「飛ぶ」

飛んで着地したところから、また新しく生き始める、というのが信条だった。

正直言って、今回は、なにに行き詰まっているのかさえ分からない。

それでも、ま、いいか。

で「飛ぶ」ことにしたのだけれど、どっちみち、どこにいても、どんな選択をしても、

人生はいつだって予想もつかない方向へと展開してしまう、と今や身に染みてしまっている。

だから、成り行きでいいな、と。

どんな場所も、これが「ついの住処」なんて決めずに、

飛びたい時は一応、飛んでみよう、そう思っている。