スープ屋さんの古い椅子に一人で座っていると

一生懸命だったあの頃の自分に…

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ストックホルムの船着き場にあるスープ屋さん。

きのこのスープ、魚の入ってるスープ、大豆とベーコンのスープ……

想い出の食卓と聞いてすぐ、いろんなスープが頭に浮かびました。

どれも大きなお皿にたっぷり入っていて、具がいっぱい。

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一緒に付いてくる厚切りのパンは、

持ち帰って翌日の朝ごはんにしたりしてました。

そのお店が気に入った一番の理由は、安かったから(笑)。

それでも行けるのは週にせいぜい一回か二回。

メニューは日替わりで、お魚が入ると値段が少し高くなるので、そんな日は、

入ろうかなあ、やめようかなあって、じーっと看板眺めてました(笑)。

あれからもう40年になりますね。

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私が「織り」と初めて出合ったのは、日本航空で働いてた時。

休暇で行ったスウェーデンで、

たまたま訪ねたお宅に、すり切れた手織りのマットが敷いてあったんです。

周りはもうボロボロだったけど、それを見た瞬間、わーっと涙が出てきた。

当時、会社でいろんなことがあって、心が相当傷んでたんでしょうね。

その家の70代の女性に訊いたら、

結婚のとき着ていた洋服を全部引き裂いて作ったもので、

「もう50年も踏みつぶしてるのよ」って。

踏まれても踏まれても、なんて美しいんだろうと思った。

「織り」の道に進もうと決めたのはその瞬間です。

日本に帰ってから2年間、お金を貯めながら留学先を探しました。

両親はもう大反対。

安定した会社を辞めることも、スウェーデンに行くことも。

どうしても許してくれないので、結局、家出同然で行きました。

最初は地方の学校で働きながら勉強してましたが、

もっとしっかり勉強したくて、

ストックホルムにある王立の学校を目指すことにしたんです。

でも、その学校はスウェーデン人でも入るのが難しいうえ、

当時は留学生枠もなくて、

スウェーデン語もちゃんと話せない私が入れるわけがなかったの。

それで、どうしたか?

学校の前で座り込みをしたんです(笑)。

アルバイトをしながら2カ月ぐらい、毎朝!

そしたらついに、校長先生が呼び入れてくださって

「私が個人的に教えましょう」と。

そして、正規に入学したいのならスウェーデン語を学びなさいと言われ、

移民を対象にした語学学校に通いました。

3カ月でなんとか話せるようになり、

そこでようやく正式に入学が許可された。

その学校では、織の先生、デザインの先生、染色の先生…

どの科にもスウェーデンでトップクラスの先生が揃っていて、

自分の人生は自ら求めないといけないという

スウェーデン式の教育を叩き込まれました。

貯金はそれなりにあったけど、入学金もかかったし、

どれくらい滞在するかもわからない。

だから糸も思うようには買えなかったけど、

みんなそんな事情を知ってるから、

授業が終わると残りの糸を、私の織機の横の籠に入れてくれるんです。

でも、それをそのまま使うと

「なぜ人と同じ色を使うのか」って先生に叱られるから、

家に持ち帰って全部ほぐして、紡ぎ直した糸で自分の作品を織ってた。

お昼にはみんな学校の食堂へ行くけど、結構、高かったんです。

だからいつも一人で外に出て、ぶらぶら歩きながら、

レストランのメニューの書かれた看板を眺めたり…。

そんな時に見つけたのが、そのスープ屋さんです。

こうして話してるとなぜか涙が出てくるけど、

その店でスープを食べてるときは、ものすごく幸せな気分でした。

自分の好きなことができて…悲しいなんて全く思わなかった。

ひたすら勉強して、ひたすら作品を作り続けたあの日々が、

私の原型になっています。

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スウェーデンには今も年に1回ぐらい行きますが、

「ニルソン」っていうそのお店、まだあるんですよ。

外壁だけグリーンに塗り替えられたけど、椅子もテーブルも昔のまま。

もうボロボロですけどね(笑)。

向こうに行けば必ず一回は寄ります。

スープは昔ほど美味しいと思えなくなりましたけど、

古い椅子に一人で座っていると、自分が自分であるような…。

一生懸命だったあの頃の自分に戻れる気がするんです。

(インタビュー/2014年11月9日)

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あなぐりうすけいこ★プロフィール
日本航空勤務を経てスウェーデンに留学。テキスタイルデザイン、織物、染色などを学ぶ。1979年に帰国後、フリーデザイナーとしてテレビ、ラジオ、婦人雑誌、新聞などで活躍。広告や舞台衣装、インテリア等も手がけるほか、スウェーデンでの個展をはじめ作品の発表も行っている。1994年よりUNESCOプロジェクト・世界10年『Arts in Hospital』に会員登録。スウェーデンチームの援助のもと、ベルリン、オスロ、ウィーン、フランス、スウェーデンでの国際会議に出席。日本で初めて、アート・イン・ホスピタルプロジェクトを千葉県鴨川市・亀田総合病院に導入。以来、独自の空間環境アートを、病院などの医療施設、庭園、ホテル、ショップ、青少年センター、スポーツセンターなど様々な施設に導入している。近年は、建築設計デザインや空間環境デザインなど活躍の場が広がっている。2013年秋、東京都新宿区早稲田に「Kaffetanten(カフェタンテン)」をオープン。エッセー集や作品集など著書多数。