ジンギスカンもそうだし、学生たちとの食事もそう

囲んで食べるのが食事じゃないのかなあ…

食卓No9

両親は共稼ぎでね。母はいつも急いで帰ってきて、慌てて夕食を作ってました。

そんな中で一番印象に残ってるのがジンギスカン鍋ですね。

父は岡山大学、母は県立短大の教員で、家は岡山大の官舎。

裏が農学部の農場だったから羊肉が手に入ったのかなあ。

でも、じっさいは豚肉を使うほうが多かった。

両親と僕と弟と4人が座ればいっぱいの狭いダイニングキッチンで、

鍋を囲んでわいわい言って食べた。

肉の脂が野菜にしみて、美味しかったですよ。

なんでジンギスカン鍋っていうのかって話も、両親から聞かされたなあ。

それで歴史が好きになったわけじゃないけど(笑)、楽しかった。

ここに来るまで千葉大に勤めてましたが、

毎年1、2回、ゼミの学生たちを家に呼んでパーティを開いてたんです。

そんな時も、庭でジンギスカン鍋でしたね。

他にも何品か作りましたが、それは学生たちにも手伝わせてました。

例えば春巻なら、材料を下拵えして並べておいて、巻くところから。

面倒でも、少し巻くたびに小麦粉を溶いた水で丁寧にのり付けしておけば、

爆発しないよとか、ちょっとしたコツを教えながら。

ここで料理にはまった学生もいます。

で、巻いたのを揚げれば、よそではちょっと味わえない春巻きができる。

これは学生たちも「先生の春巻き」と言って楽しみにしてました。

学生たち、僕が死んだら「あ、春巻き…」って思うんじゃないかなあ(笑)。

食卓9:350

 

 

 

 

 

料理を始めたのは大学4年のとき。

料理のできるアパートに引っ越したのがきっかけです。

最初はラーメンとかうどんとか、鍋1つでできるものを作ってましたが、

アパートが大学の前で、友達が昼めしを食べにくるようになった。

それで少ない肉をどうすれば美味しく食べられるかとか、工夫するようになったんです。

そしたら、人に食べさせると美味しがるってことが分かった(笑)。

面白くなってきたのはそこからですね。自分一人だとそうはいかない。

大学院に入って冷凍庫付きの小さな冷蔵庫を買ってから、

料理本が急速に増えていきました。

春巻きを習得したのもその頃。いかに勉強してなかったか…(笑)。

今も料理? しますよ。

うちは台所に立てる者が立つということになってる。

妻も同業者ですが、帰るのが遅いから僕が作ることが多いですね。

次男も時々作ってくれます。

料理というのは、作ってるときも楽しいし、誰かと一緒に作るのも楽しい。

でき上がった料理を、お酒を飲みながら賑やかに食べるのはもっと楽しい。

食事は、囲まないとね。

考えてみれば子供の頃のジンギスカンもそうだし、学生たちとの食事もそう。

囲んで食べるのが食事じゃないのかなあ…。

江戸時代の史料には食事の様子を描いたものもありますが、どうも一人ずつの箱膳なんです。

みんなで並んで食べてるものもあるけど、会話はあったのかなって思うこと、ありますね。

実際のところは分かりませんけど。

僕の研究は19世紀から近代の初めがターゲットですが、

18世紀の終わり頃から農民の生活にも少しゆとりが生まれ、

商品流通も全国的になって、いろんなものが手に入るようになる。

W550

そして19世紀には、様々な文化を楽しみ始める。出版も盛んになります。

当時の識字率、イギリスより高かったと言われてるんですよ。

江戸時代の村って個性がないと考えてる人もいるけど、そんなことはない。

実に個性的です。地域の個性を持ちつつ、

江戸や大阪といった大都市から流れてくる文化やものを自分たちの生活に取り込んで、

うまくミックスして暮らしている。

これが日本人の特性だと思いますね。

自分のものにしながら、独自のアイデンティティを築いていく。

この流れは、1970年代まであったと思うんです。

それが高度経済成長後、急速になくなっていく。

地域差がなくなり、どこへ行っても同じ風景、同じ味のものを食べるようになってしまった。

僕はね、この辺でもう一度、地域の文化、料理や特産物も含めて、

自分たちにしかないものを大事にすることを

考えないといけない時期がきてると思うんです。

歴博も、日本の歴史を展示しているのはもちろんだけど、

日本文化が確立した一つのものだと言うつもりはないんです。

私たちが大事にしているのは地域差や個性の違いであって、それを展示に生かしていく。

日本という国は地域の様々な歴史や文化を持ちながら成り立っていて、

だからいい国なんだって、そんなふうに感じてもらえるといいなと思っているんです。

(インタビュー:2014年8月6日)

くるしま ひろし★プロフィール■1954年広島生まれの岡山育ち。中学、高校時代は卓球にのめり込む。東京大学文学部国史学科進学後、山梨県大月市にある旧家の古文書調査に毎週通い、近世史研究を志す。調査先が江戸幕府の直轄地だったこともあり江戸幕府直轄地の研究に。大学院修了後、東京大学助手を経て1985年千葉大学教育学部に就職。千葉県史編さん事業の一環で県内の近世史料調査を行う。その一方、教え子の小学校教員たちと小学校の授業で博物館を利用できないかと国立歴史民俗博物館(以下、歴博)の見学へ。こんなに研究成果を活かしたよい展示をしているのに、なぜ小学生・中学生向けの解説や教員向けの研修がないのかと憤る。この感想を知人の歴博研究者に話したことから、1998年歴博に移動。第3展示室(近世)のリニューアルを手がけるかたわら、学校との連携を模索。先生のための歴博講座や教育プログラム作成を行う。博物館で展示をすること、画像史料を利用することのおもしろさを経験し、研究テーマは近世の儀礼・祭礼の研究、近世武士論などへと広がり、2012年に企画展示「行列にみる近世」を開催。2003年に教授、2014年3月館長に就任。展示室で来観者と展示品をはさんで対話するのが大好き。ギャラリートークでは予定の1時間で終わらないと陰口をたたかれることも。熱烈な広島カープファン。家族は、同業者(中世史研究者)の妻と父親以上に熱烈なカープファンの2人の息子。長男は医学、次男は朝鮮史を学ぶ。妻と共通の趣味は、料理を作ること、ワイン片手に美味しいものを食べること。